西堀榮三郎【石橋を叩けば渡れない】ハゲ頭はガンにならない?

石橋を叩けば渡れないbook

この本は、第一次南極越冬隊長として活躍された西堀栄三郎氏の講演の中から、大事なところを凝縮して作成したものです。

数ページごとに西堀栄三郎先生の体験や考えが書かれており、ご本人の書かれた本の集大成と言ってもいいかもしれません。

事例を感想と共に何点か書かせてもらいます。

1.ハゲ頭はガンにならない

いきなり強烈ですが、要約します。

単純作業に携わっていると、退屈することがよくあります。そんな時に退屈を解消するどころか生きがいを感じる方法がある。

それは、まずデータを集めることから始まる。集めたデータを整理することによって、ひとつのルールを見つけてゆく。

例をあげると、”ハゲ頭と胃ガンの関係”というのがある。

この研究をした人はえらい医者ではなく、手術室でお手伝いをしている人とします。退屈だったのでしょう。手術が終わると先生に「あの人の胃はどうでした?」と聞くと「潰瘍だった」。次に来た人は頭が黒々としている。あとで先生に聞くと「ガンだった」。

こういうことをしばらく続けていくうちに、ひょっとするとハゲと胃ガンには何か関係があるのではないか、と気づいてハゲ頭の分類を始めた。

恐らくこのデータをとり、分類をしている間はこの人はすごく楽しかったにちがいないと思う。

こういうのが統計的研究法なのです。

「石橋を叩けば渡れない」より

これ、面白くないですか?

僕もアルバイトや社員研修で単純作業を行ったことがあります。すごく退屈で、まあ時計ばかりを見てしまうんですけど全然進まないのですよね。

この話を聞いて、工場でアルバイトを行っていた事を思い出しました。不良が出た時それを除いて良品を作り出す単純な作業だったのですが、今考えるとその不良がどのような時、どのようなパターンで出るか統計を取ってみれば面白かったのかもしれません。

毎日同じ作業の繰り返しですから、何かしら法則が分かりその法則が分かると、不良が出た時に「やっぱり!」となり楽しくなるのでしょう。

僕が、西堀先生の引用ですごいと思ったところは、単純作業で法則を導き出した着眼点や結果ではなく、”
恐らくこのデータをとり、分類をしている間はこの人はすごく楽しかったにちがいないと思う。”ここなのです。

退屈な作業が楽しくなっているだろうと思ったところです。

この分類や分析を人が支持してやらせたのでは、やはり単純作業になり楽しくないでしょうね。

この人が、自分で興味を持って自分で調べたから楽しかったのです。

どんな単純作業でも自分の考え次第で「退屈」になったり、「楽しく」なったりするのですね。たとえ成果に結びつかなくてもやっている時は楽しくできるという事が重要だと感じました。

2.科学と技術とは全くちがう

知識を得ることが科学である。その知識を何かの目的に使うことが技術なのです。

役に立つ、生活が豊かになる、あるいは危険が減るというのはみんな技術を通じてのみ出来る事。

科学で得た知識を我々の生活に使えるように役立たせる事が技術なのです。

知識を得るために行った研究を役に立たせるか、役に立たせないかは技術次第であって、科学の価値とは全く違う。

人間が一度得た知識(科学)は、未来永劫消えることはない。

「石橋を叩けば渡れない」より

これは、身に沁みますね。

会社で研究部門は一見生産性が無いと思われてしまうので遊んでいるという事になってします。経営状態が少し悪くなると人数を減らしたり、実用化を行う設計部署に異動を行う。

科学を大切に出来ないのですね。西堀栄三郎先生の南極越冬も何のために行くのかと良くたたかれたそうです。

月に行く、ヒマラヤに上る、世界一早いコンピューターを作るなど、そこに予算を使う必要がありますか?と言われますね。

知識を技術として自分たちに役立ててこそ知識(技術)の価値があるのですね。

もう一点、

ここには書いていないのですが、科学=インプット、技術=アウトプットという風に感じます。

会社でも頭でっかちと言われている人がいて、(まあ自分が言うのですが、)研修や書籍なのかわからないですが知識をさらけ出します。しかしそれが行動(アウトプット)に現れず何も出来ない。そういう人結構いませんか?

やはり、アウトプットしないと意味がない。技術として役に立たせなければ科学の意味がない。と感じました。

二つの事例を紹介しましたが、このような事例が数十個あります。一つ一つ自分に置き換えて考えるととても勉強になります。西堀先生は様々な体験を行っているので自分の体験にも置き換えることが出来て読んでいて楽しいです。

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