サンヨー食品への入社や、会社を深くしたいのなら楽天市場やAmazonで下記の本を買いましょう。
必須ですよ!嫌でなければ中古でもたくさんあると思います。
どのような事が書かれているか紹介します。
勉強しましょう!
サンヨー食品について一緒に勉強したいと思います!
みなさん、カップラーメン好きですか?僕はカップヌードル・シーフードが好きです。いきなりすみません。カップヌードルは日清食品でしたね。
カップ麺のメーカーごとに印象深いのは、
サッポロ一番の ”サンヨー食品”
カップヌードルの ”日清食品”
赤いきつねの ”東洋水産”
アラフィフですので、こんな感じですね。若い人は”和ラー”や”どん兵衛”などがCMで話題ですので思いつくのでしょうか。
連結での売り上げと利益は、
2019年度 | 2020年度 | |
売り上げ | 1,804億円 | 1,757憶円 |
経常利益 | 255憶円 | 325億円 |
すごいです。利益率が高い良い会社ですね。
さて、年商1,757億円の大企業「サンヨー食品株式会社」はどのように誕生したのでしょうか。
1.サンヨー食品の前身、富士製麺の誕生:井田毅専務
井田毅専務とあえて書きましたが、二代目社長の井田毅社長の事です。
もともと、現在のグループ会社である泉屋酒店を、毅専務のお父様の文夫社長が1983年(昭和8年)に群馬県前橋市に開業しました。
ですので、サンヨー食品のスタートは酒屋さんです!昭和30年代には北関東最大と言われるまで大きくしたそうです。
毅専務も一緒に働いていたのですが、「このままでは先が見えている、儲かる商売を探さなければいけない」と思っていたそうです。
すでにサンヨー食品の野望が始まっています!
北関東最大では満足しないのですね。
毅専務は、酒屋の次に作れば作るだけ売れるという乾麺つくりを始めました。ゆでて食べる人気の「うどん」ですね!
ちなみに、群馬県には美味しい「もつ煮」もあります。
群馬のもつ煮をお持ち帰りで買える?永井食堂のもつっ子(もつ煮)通販の正しい買い方
サンヨー食品のホームページの発展のあゆみ”の最初にあります。1953年11月、前橋市に「富士製麺」誕生です。
1955年に株式会社化して、お父様が社長となり、毅専務がここで誕生しました。
製麺業は順調に進んで、工場も増やしていったのですがこれまた毅専務は「先が見えている」と満足しなかったのです。
毅専務は、お酒にしろ乾麺にしろ、大きくなる市場でないと満足しないのですね
そんな時に大手の日清食品から発売されました。
日清食品「チキンラーメン」
*日清食品のホームページから。
1958年8月、世界初のインスタントラーメンの登場です!お湯をかけて2分で食べられるという手軽さ。麺に味がついている斬新さ。
当時うどんは1玉6円、食堂のラーメンが1杯40円、チキンラーメンが35円!現在の500円に相当する高価なものだったようですが、発売後人気が出始めたようです!戦後が終わり高度経済成長の時代だったので、みんな忙しく価格が高くても手軽に食べられるものが良かったのでしょうか。
ラーメン店は現在日本で3万件以上あるそうです。コンビニが6万店弱ですから、半分としてもかなり多いですね。「鳳仙花」というラーメン屋を知っていますか。はやし田の系列店で新宿や横浜にあるそうです。詳細はラーメンブログ女王のみっこさんの記事を読んでみて下さい。
2.サンヨー食品のはじまり
チキンラーメンのような世の中にない新しい商品は、毅専務の心を引き付けるのでしょうね。これから市場が広がっていくのですから夢が膨らみます。毅専務は早速自社で開発を始めようとしましたが、このような製品が今後売れるのかという反対派も少なくなかったようです。リスクはつきものです。
それでも毅専務の行動はだれも止められません!
喜代子夫人の舌
毅専務の奥様、喜代子夫人と味にこだわり試作を繰り返してついに完成しました!
ピヨピヨラーメン
*サンヨー食品のホームページから。
チキンラーメンに対して、ピヨピヨラーメンです!よちよち歩きのひよこをイメージして、「まだ足元にも及びませんよ」と謙遜しているのです。本気ではないでしょう。追い抜く気、満々だったと思います。
チキンラーメンから遅れる事5年。1963年7月に、いよいよ発売です。もちろん「しょう油味」です。
手持ち資金5,000万円のうち、3,000万円をTVCMに使ったそうです。
当時はCMで広告しないと、お店に置いてもらえなかったそうです。
さて、社名ですが、1961年にはサンヨー食品株式会社に毅専務が変更しています。
「サンヨー」太平洋、大西洋、インド洋の三洋。大きな海を股にかけるようなスケールの大きな会社を目指したいとのことです。そこまで考えていたのでしょうか?決意の表明ですね。
ピヨピヨラーメンを発売した時には、日清食品、エース食品、明星食品の3大メーカーの市場占有率が6割を超えていました。
零細企業を含めると100社もメーカーが出来て競争が始まったのです。
酒店や、乾麺(うどん)との違いは、これから伸びていく商品という事でしょう。市場が飽和していない製品なのです。
次は、1964年に長崎タンメンを発売しました。ピヨピヨラーメン発売から、わずか1年しかたっていないのです。
3.サンヨー食品:長崎タンメンの登場!
ピヨピヨラーメン
*サンヨー食品のホームページから
長崎タンメン
*サンヨー食品のホームページから
ピヨピヨラーメンからずいぶん見た目が変わりましたね。
味はしょうゆ味から塩味にしています。しかし単純にラインナップを増やす為ではないのです。
パッケージもカラフルになっており、野菜がのっていますね「長崎タンメン」には。
ピヨピヨラーメンは他社が35円で売っているのに対して、後発という事で20円で売り出していたのです。次は値段を高く設定したいのでラーメン屋さんで値段の高いタンメンに目を付けました。
家で野菜をのせて、タンメンのように高級感を出して食べてもらうように考えたのです。
タンメンにするために必然的に「塩味」とし、価格は30円として発売しました。
業界初の塩味と、業界初の多色カラーパッケージとして発売し、大ヒットにつながりました。
大ヒット2連発ってすごいですよ!
商品だけでなく、地道な営業努力も行っており、営業、開発、生産が一体となっていたのですね。これはお父様の井田文夫社長の人間性も大きかったようです。
4.サッポロ一番ついに登場!
「塩味はブーム」やはり主役はしょうゆ味だ!
塩味がブームという考えは的中し、長崎タンメンの売り上げは次第に減っていきました。
当時は、日清食品「チキンラーメン」、明星食品「スープ付き明星ラーメン」、東洋水産「まるちゃん」などのしょう油ラーメンが王道として人気だったようです。
現在(2021年)の袋めんの人気は、僕が調べた範囲ですが、1位「サッポロ一番塩味」、2位「サッポロ一番みそ味」、3位「日清チキンラーメン」のようです。サッポロ一番すごいですね!
僕が小さいころ、「サッポロ一番みそ味」をよく食べた記憶があります。「しょう油ラーメン」はあまり記憶がないのですね。
毅専務はピヨピヨラーメンに次ぐしょう油ラーメンとして、札幌に行くたびに食べる札幌ラーメンに着目しました。札幌ラーメンと言うとみそ味を思い浮かべると思いますが、1960年ごろはしょう油味が人気だったようです。
そして1966年1月、ついに発売されました。サッポロ一番しょうゆ味。
この製品もヒットしました。ヒットする仕掛けもしっかりできていたのです。
1.味を損なわないポリエステルの袋
2.他社にない7色のカラー印刷
3.ザ・ドリフターズを起用したCM
4.スーパーへの強力な営業「スーパー作戦」
5.「サッポロ一番」というネーミング
ライバル会社が多い中、味以外にも上記5ポイント以上の仕掛けを行いヒットさせています。
本当のヒットの要因は分かりませんが、最大の要因は、味 なのでしょう。
カラー印刷や、CMは一度食べてもらうための戦術です。ラーメンはリピートしてもらわなければいけないので、また食べたいと思わせることが必要です。
味について弟の努さんから言われたことがあるそうです。
努さん「毅兄さん、札幌ラーメンの味とサッポロ一番の味は違うんじゃないか?」
毅専務「当たり前だろう。あんなに美味しくては、たまにしか食べたくならないよ。何度も食べてはもらえないだろう」
食品づくりは、奥が深いのですね。
続いて、連結売上を1,800憶円にまで伸ばした井田純一郎社長もすごいが、約40年間で、0から1,000億円の売り上げまで伸ばした井田毅社長の手腕を考えてみます。
ラーメンの味以外に、僕が学んだサンヨー食品(井田毅社長)のこだわりを3つ紹介します。
5.サンヨー食品:初めて知ったこと
麵のこだわり
サッポロ一番の袋めんはそれぞれ麺の形状が違っている事を知っていましたか?
こんな感じです👇
塩ラーメン:プリプリした食感の為に円形
みそラーメン:麺にスープが絡みやすいように楕円
しょうゆラーメン:麺にコシを付けるために四角
このような違いは初めて知りました。
同じ麺にした方が製造現場では都合がいいと思いますが、こだわりがあるのですね。
一般には公開していない秘訣がもっとあるかもしれませんね。
今(2021年)、特許・実用新案をサンヨー食品で調べてみたら麺の製造方法など81件でした。ちなみに日清食品は、1,081件です。
サンヨー食品は意外と少ないです。グループ会社などが取得しているかもしれませんし、そもそも製造方法は他社には見えないので公開しない場合があります。
おそらく、すぐに見てわかる麺の形状以外にも秘密があるはずです!
今では当たり前だが…
袋めんを買いに行くと、5個で1パックが多いですよね。
こんな感じ👇
これ、毅社長が1990年(平成2年)に業界で初めて考えて売り出したそうです。現在の希望小売価格は1個111円(税別)、5個パック555円(税別)です。5倍の値段ですので、5個パックだからといってお買い得ではないのです。
家族で食べる為にバラバラで買うよりいいかな。って感じですが、これを発売してなんと前年比250%に販売数が伸びたそうです。
ミラクルですよ、ミラクル。
当時の価格差は、わからないのですが5個を袋にまとめただけで2.5倍に売り上げが伸びるというアイデアは神ですね。
需要がそれほど伸びるわけではないので、他社製品の売り上げを横取りしたはずです。当然他社も追従し、今は5個パックが当たり前になったようです。
30年たった今では、核家族化が進んでいますので3個くらいでどうでしょうか。結構余っちゃいます!
M&Aの重要ポイント
サンヨー食品の歴史において、M&Aは大きなポイントの一つです。
最近の事例では、ヤフー(Zホールディングス)がZOZOやLINEを統合したり、銀行系が多いですかね。
(統合、合併、吸収など一緒にしています)
僕が勤めている会社も、何社か吸収合併しましたが収益がでていません。売られる会社はそもそも経営状況が良くない事がほとんどですので、どのように立て直すかが重要なのですが、その手腕がないのでしょう。
サンヨー食品は、エースコックや台湾のメーカーである康師傅(カンシーフー)を吸収しました。両社は経営状況が悪く、また、サンヨー食品の狙いと一致したことも理由になります。
吸収後の経営の大きなポイントは、「社長を変えずに経営を任せる」という所です。
会社の立て直しには、リーダー(社長)とメンバー(社員)の力が必要ですが、いきなり新しい社長が親会社から来てリードされたらどうでしょう。
経営状況が悪くなっていたとしても、その会社の人間関係が良好ならば回復させる力が残っているはずです。みんなが「もう一度頑張ろう!」と思って働くように仕向けることが重要です。
経営の衰退でよく比較されるのが、富士フィルムとコダックですね。写真がデジタル化してフィルムが売れなくなった時にどうしたのか?
「富士フイルムがイノベーションに成功した理由は!古森会長の力とは」こちらの記事を参考にしてください。
社長の頑張りは、日本コカ・コーラの高梨社長に通じるものがあります。
「コカ・コーラの就職・就活に必須!ペプシとボトラーの関係」参考記事です。
状況に合わせた手法により、経営を回復させた手腕は素晴らしいです。人間の本質を見抜いているのだと思います。
6.サンヨー食品の就職難易度
井田毅さんは、2013年(平成25年)肺炎のため、83歳で生涯を閉じました。
「地元社会へ貢献したい」という思いで、0から1,000憶円以上の大会社を作り上げたのです。仕事には厳しかったようですが、怒っても翌朝まで持ち越さなかったようです。また、家族旅行にも出かけるような家族思いの父親だったのです。
どんなに頭が良くても、このような製品メーカーを育てあげるには、その人の人間力が重要だと思います。信頼している社長が頑張っているから僕たちも頑張ろうという良いメンバーがたくさんいたのでしょう。
「仕事に厳しく、人にやさしく」こういう人だったのでしょうか。
最後に僕がいいなと思ったことなのですが、
毅社長は、ライバルである日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)さんと交流があり尊敬していたそうです。また東洋水産の創業者・森和夫とも公私ともに深い信頼関係があったそうです。
ライバル会社で競っていながら、社長同士は交流があり尊敬さえもする間柄というのは素晴らしいです。スポーツでも良きライバルとか言いますよね。
ライバル会社でも、相手を蹴落とすのではなく切磋琢磨しあいお互いに成長していく関係だったのですね。競争ではなく競走ですね。
友好関係を持ちながら、社員たちはライバルより良い製品をつくり良いマーケットを作り上げたのでしょう。
だから即席めん業界は成長し、今では当たり前のように安く食べられるようになったのだと思います。
自分が勤めている会社にもライバル会社はいますが、敬意を持ちながらライバルより良い製品を作り、世の中に価値を与えられるように頑張りたいと思います。
井田純一郎社長率いるサンヨー食品を、今後も勉強していきたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。
サッポロ一番、僕は”塩派”です!1袋50円くらいかと思っていたらもうちょっと高いのですね、
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